二輪車新聞社便り

2018-06-04

カワサキ創成期を支えた人たち 今なお、強い絆で会合続ける③

さて、これまでのカワサキの生い立ちをあれこれと綴ってきたが、ここで書きたかった本題は、カワサキが本格的に一貫生産をスタートさせてから約10年間の激動の時代を支えた“カワサキマンたちの話である。この時代を生きた人たちは、現在もなお強い絆で結ばれ、ほぼ毎月、神戸・灘の酒蔵(料亭)「酒心館」に集まっている。

この会は既に10数年以上続いているが、主宰者は桑畑禎文氏で技術部長(理事)などを歴任した人である。会の名称は誰云うとなく「カワサキ創成会」(仮称・自然発生的に決まった)だそうだが、正式には決まっていない。事務局の世話係を務めているのが野田活志氏で、アメリカの現地法人KMCの社長などを歴任した。会の開催は会合の席上、次回の日程をおおよそ決め、最終的には主宰者で会長役の桑畑氏が主だった人に電話などで都合を確かめて決め、世話係の野田氏がメンバー各氏に知らせる。特別な議題があるわけでなく、“来たい人がふらっと来て美味しい酒を飲み、昔話に花を咲かせるといった会である。

メンバーには2年前逝去された高橋鐵郎氏もいたが、今なお元気な田崎雅元氏(元川重社長/一時病気で休んでいたが最近復帰)大前太氏(元川重常務)川崎芳夫氏(川重創業者・川崎正蔵氏の曾孫/生産管理や商品企画部長などを歴任/理事)古谷錬太郎氏(企画室長などを歴任/監事)野田浩志氏(KMC社長などを歴任/理事)井川清次氏(企画室企画部長などを歴任/理事)北村敏氏(管理部長などを歴任/理事)他まだまだたくさんいて、延べ30人前後。変わったところでは、元伊藤忠商事の社員で川崎重工業に出向し、欧州市場の開発に尽力、カワサキフランス(KMF)社長などを歴任し、ルマン24時間耐久レースへのエントリーにも貢献した遠藤治一氏もいる。

なお、16年にメンバーの高橋鐵郎氏死去にあたっては、「酒心館」でメンバーによる「偲ぶ会」も開かれた。

二輪車新聞 大阪支社顧問 衛藤誠


17年末の「創成会」会合に出席した。右から野田浩志氏、桑畑禎文氏、古谷錬太郎氏、田崎雅元氏、遠藤治一氏、井川清次氏