二輪車新聞社便り

2018-07-09

九州二輪車市場は、鹿児島“御三家”が支配

67年九州地区二輪車ラリ」のコラムを書く下準備のため、古い資料をあさっていると、1冊の取材ノートが出てきた。

このノートをめくっていると、もうすっかり忘れていた面白い取材記録が出てきた。それは、取材中の会話のやりとりを相手の方言をそのまま書き留めている。何のため、こんなややこしい取材を記録したのか、どうしても思い出せないが、おそらく録音テープをおこしたものらしい。このさわりの部分を書き起こしてみる。

それは、67年9月初め、“二輪車新聞九州版”を発行するための取材で、福岡のある大手スーパーディーラー(特定銘柄の地域総代理店/ディストリビューター)の社長さんを訪ねたところ、最初に跳ね返ってきた言葉が、
「あんた、鹿児島の“新屋敷”ば行ってきなさったとね。まだやったら是非行くとよか。あそこは九州二輪車業界の縮図と言ってもよかたい」
「新屋敷? よほど二輪車市場が活発なところなのですか」
「私が説明するよか、行ってみるとよか。何もかもよう解るけん」

ともかく、社長さんの言われるとおり3時間前後をかけて鹿児島まで足を伸ばし、新屋敷なる所を探して、やっと辿り着いた。しかし、街並みを一見したところ、どこがどうと別段変わった様子もなく、特に二輪車業界と強く結びつくような所も見つからない。町名も確かに福岡で教えてもらった新屋敷となっているのだが。

半ば途方に暮れながら、通りにあった二輪車販売店に立ち寄り、取材の目的を告げて尋ねてみた。すると、その店の店主らしい人が、
「そりゃ、二輪中古車の“御三家”と違いますか」
「へえ〜、御三家と申しますと」
「そら、あそこに看板が見えちょるのが“西商会”。その裏通りにあるのが“中央オート商会”。もう一つ“上村(かみむら)モータース”というのがあって、この3店が二輪中古車の御三家とみんなが言うちょる。この3つの店は、鹿児島だけじゃのうて、今や九州全部の二輪車市場さえ左右するごつ、太か力を持ちようけん、ここの新屋敷”が有名になってしもたと言うことたい」

何はともあれ、御三家の謂われは解った。早速、御三家のうち、1店の「西商会」を訪れ、折良く社長さんに取材出来ることとなった。さすが御三家と呼ばれるだけあって応接間も豪華、店の2階に案内された。応接間は50坪はあろうかという広さで、窓の外には屋上庭園が築かれ、2階というのに池には緋鯉や真鯉が泳いでいる。(記憶をたどったもので、若干の間違いも?)社長さんの話も、
「わしたちゃ、売るこつにかけて、なんも心配しちょらん。どうして、良か車をうんと仕入れるかに日夜努力しよる」と、景気の良い話が次々と出てくる。
そうして話はますます弾む。「新車ディーラー(スーパーディーラー)たちの、苦しか顔を見ると、バカんごつ見える」そうだ。

九州の中でも、鹿児島県と宮崎県は、二輪中古車の消費市場として早くから発展した。その要因として①当時、両県下の経済水準が他に比べて低い②両県には離島が多いため。離島でどうして中古車の需要が高いかというと、塩害によって新車でも2年ほどで車体は錆び、ボロボロになるという。そのため中古車の方が経済的である。また、鹿児島の場合、塩害の他、桜島噴火による火山灰が塩害と同じような害を及ぼすという③大阪をはじめ大都市での新車販売競争が激化し、下取り車が大量に放出され、これが交通面での海上交通の発展をみている南九州へ流れた④当初、鹿児島や宮崎に対する新車メーカーの販売体制が弱かったーーなどの点も挙げられる。

そうした状況下で鹿児島や宮崎などでは、1955年前後から二輪中古車卸売専門の店が続出し、この中で大規模店として鹿児島に御三家が出現したという。

このほかこうした専門店が鹿児島に約40店、宮崎にも約20店存在したという。当時の仕入れ先は多くが大阪をはじめとして関西圏で、多いもので一度に100台、少ないものだと20台前後を仕入れ、これを県下の小売り店に卸売していた。

関西方面を中心とした二輪中古車の買い付けは、店舗を持つ専門業者だけでなく、店を所有せず、トラック1台で買い付けをするいわゆるブローカーも多数いた。こういう人たちは、関西など都市部に拠点を置き、そこで買い取りを行い、一定の数がまとまると、鹿児島、宮崎へと持ち帰る(こうした業者は四国方面にもかなりいた)。

持ち帰った中古車の多くは、御三家など大規模専門店に売り渡す。もちろん一部は独自に小売り店に業販する人たちもいた。このように多くのブローカーは、大手の専門店と契約し買い取り車をその大手専門店に持ち込む。つまり、多くのブローカーは、大手専門店の仕入担当的な役割を果たし、御三家のような大規模店を育て上げたとされる。また、一部には小売店などと特別契約し、その店に買取り車を流すものもいた。(つづく)

二輪車新聞 大阪支社顧問 衛藤誠


九州の二輪車市場を支配したという鹿児島の“新屋敷”における二輪中古車卸専門店の買い付けトラック