45年ほど前、バックパックを背に、学生最後の夏休みをヨーロッパ放浪した時のことです。ミラノショーを見たくてミラノに向かいました。バイト先のシュツットガルトからヒッチハイクで乗せてくれたフォルクスワーゲンを運転する初老の男は、両手がごついマイスターでした。彼は板金技術者で、「学はないが、腕があれば飯が喰える」と言っていました。真っ青なツナギに入れられた真っ赤なマイスターの刺繍に、技術者としての誇りが刻まれているように見えました。

その時から、私はメカニックに強いあこがれをいだき、帰国するなり整備士の免許を取りに行きました。東京・丸山の整備振興会に通い、実技試験を受け、先輩の修理工場で勤務経験を経て、国家資格を取ることができました。3級でしたが、職人の仲間入りができて、とにかくうれしかったものです。

さて、今はとんでもない人手不足の時代になろうとしています。

若手のメカニックを雇える販売店など稀有な存在ですね。かつて、多くの店では見習いを育ててきましたが、今の販売状況では、その賃金を捻出することもできません。

では、年を取ったメカニックをそのまま働かせるしかないのか?

ここに一つ回答があります。顧客をメカニックとして育て、パートとして雇用していくのです。学生のアルバイトながら整備士免許に挑戦する者、持ちこみ車検や塗装などもやっている者もいました。店舗の立地が学生街であれば、4年ごとに新しい人材と出会うことにもなります。

住宅建設ではセルフビルドと言います。顧客が自分の家を自分で作るのです。トライアンフを全バラして、組み立て直しながらメカを教えるスクールもありました。

ここらで開き直って発想の転換をしましょうよ!

ABCクッキングの繁盛に例を取るまでもなく、料理教室はトレンドです。楽しそうな調理の風景をガラス張りの外から、次の顧客が眺めています。

勤め人に堂々とアルバイトが許される時代が来ました。バイクの好きな人間はメカが好きな人も多く、自分で修理ができるようになりたいという潜在的なニーズは高いのです。

そこで、日時を限って素人にピットを開放します。「技術教室」を有料で開催します。参加者の中から有能な人を見つけたら、バイトに誘います。

始めは部品取りの解体車を与えておき、工具の使い方や全体の構造を学ばせます。次に分解、取り換えまでできるようになれば、繁忙期の強い味方が誕生したことになります。

自分でユーザー車検に挑戦させてみたり、保険会社の講習に参加させたり、育成方法も多様です。

店に入り浸るようになって、会社を早期退職してサラリーマンを辞めて、請負のメカニックとして独立した者がいます。低賃金でも食っていける家庭環境だったからできたといいますが、今の時代は男性の生涯未婚率が3割に迫る勢いですから、職人になって一生の技術を手に入れるのも一つの選択かもしれませんね。

今までの慣例や古い仕事の流れを捨て去って、新しいメカニックの形を模索するのは後継者の役割です。それを大胆に任せるのが先代社長の心意気ではありませんか。

■教訓

1.メカニック不足は当たり前の時代。

2.職人を作る努力を怠らないように。

3.メンテナンスは一番儲かる仕事になる。

〈筆者紹介〉

内藤博/事業承継センターCEO

1952年横浜生まれ。27年にわたる二輪車関連出版社勤務を経て、2003年に独立。事業継承の専門家として1000件を超える経営相談、事業承継の実績を持つ。自身がベンチャー企業取締役として、成長発展から縮小リストラまで経験した強みを生かし、単なる承継問題にとどまらず、時には家族会議への参加や親子間の仲介も行う。著書「これから事業承継に取り組むためのABC」他。

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