成功事例を挙げるビジネス書や経営コンサルタントは数多い。一方で「失敗の本質」という書籍が先頃話題となった。多くは自らの大失敗は語りたがらない。だが、二輪車業界でドゥカティ専売店のトマトモータース(トマトM)を経営し廃業に追い込まれた経験を持ち、昨年には大河原ビジネスプランニングを立ち上げた大河原康代表は、二輪車販売店を対象に経営コンサルティングを始めた。大河原氏は自らの失敗経験を強みに、販売店への貢献に取り組んでいる。

大河原氏は老舗の村山モータース(村山M)で約10年、サービスや部品管理、営業、経理などの経験の後、当時の名古屋を中心にドゥカティ専売を展開していたモトプランで約3年間、店長を務め販売店業務を広く経験。2000年に独立し、当時ドゥカティ専門店としてトマトMを開設、西東京地区に3拠点までドゥカティ正規専売店を拡大し運営。しかし、17年には廃業に追い込まれ、店舗運営会社を閉じたという。この間、埼玉県小鹿野町で町の支援を受け温泉施設を併設したバイクの森ミュージアムも運営した。

店舗の3拠点のうち八王子店は、元は村山Mの所有店舗で、大河原氏は村山Mの故村山栄一氏とは親戚関係であり、この関係から村山M側から八王子店の賃借の打診を受け、最終的に賃借することにしたという。

大型の八王子店の賃借前のトマトMは「1店で年間約230台を販売し、売上で7憶円、利益5000万円を上げていた」と財務状況も順風満帆であったと、大河原氏は当時を振り返る。失敗の原因は「いま思うと、八王子の店舗を開設した時」と語る。同時期にはドゥカティが日本で拡大基調にあり、年間で約3000台近くまで伸び、ドゥカティ日本法人も年販4000台の目標を掲げていた。こうした背景で八王子店の開設に踏み切った。

3店舗体制になり総台数で年400台を販売し、8〜10億円以上を売り上げるまでに成長。ただ、年数の経過とともに歯車が狂いだしたという。「メーカーからの仕入台数の打診の影響はなかったが、八王子の開設翌年には、それまでの設備投資に加え、約20人のスタッフの人件費がかさんだことや社内の諸問題などへの対応で、約4000万円の赤字になった」という。

同時期、バイクの森ミュージアム開設に取り組んだ。併設の温泉施設を町の支援を条件にミュージアムと運営。だが、翌年には町長交代などがあり、さらに温泉の重油代などもかさみ、多数の問題を抱え大河原氏に経済的、精神的に一気に負担がのしかかった。

当時は軽い精神疾患と診断されたが、通常業務やイベント参加はできるレベルであった。こうしたことで八王子店は閉鎖し、人員を減らし隣の敷地に中古車センターを開設。「それでも約9億円の売り上げはあった」という。

だが、店舗の販売も陰りを見せ車両販売では約8000万円が焦げつき、メーカーへの月々の返済額も膨らんだ。「ここでもう終わったな」と思ったと大河原氏は振り返る。すでに歩くこともままならない状態であったが、それでも店を守ってくれたスタッフのおかげで毎月の返済をしながら1年間は継続。ある時「もう駄目だと思い、薬100錠飲んで死のうと思った」と、今では辛い過去も語れるほどに回復した。

救急で病院へ搬送され一命をとりとめた。その後、症状が回復しリハビリの施設などに入所。同時にトマトMを継続させるか廃業するか迷っていた。しかし、退院後に家族、一部の社員などに相談した結果、17年に廃業を決意し会社を整理したという。

それまではバイク関係者などと会うことすらできず、避けていたが、1年前頃より人に会える状態になり、多くの知人と話す間に「今までの経験を活かしてコンサルティング、それも二輪販売店向けは、どうなのか」と考え、昨年夏頃にコンサルタント業に向け取り組み始めたという。現在では精神的にも肉体的にもすっかり回復したと、明るい表情で語る。

二輪販売店の経営者らの気質は重々承知であるため「私のコンサルティングやセミナーを拒否する方もいらっしゃるでしょう。それでも販売店さんに貢献できればと考え、やってみようと思った」とポジティブに考えている。大河原氏は販売店業務の隅々までを熟知しており、自らの失敗を強みに活かす販売店支援者は数少ないといえる。

現在では「その日にあったことや会った人に対し声に出して感謝」を毎日続けているという。

昨年11月20日には「第1回二輪販売店経営セミナー」を、東京新宿で開催。地方からも多くの販売店経営者が参加し、好評を得たという。今年2月19日には「第2回二輪販売店経営セミナー」を開催する。さらに販売店経営をテーマに「経営を元気にするブログ」も開設し、情報発信していくなどとしている。

大河原康 代表

紙面掲載日:2020年2月7日

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