一字千金

2019-04-05

Vol.30「四輪店」の二輪販売への進出 サービスレジャー型店に変更できるか

奥井俊史/アンクル・アウルコンサルティング代表

いくつかの地区で首記のような状況が出現した。

歴史的に見ると、多くの四輪販売店は、車社会の中心が四輪車に移行するに従い、二輪販売店から進展したものも多かった。特にホンダ系ではそのようなケースがかなりあった。BMWのように早い時点から二輪・四輪を同じ建屋の中で取り扱っていたケースもある。

しかし、これらはむしろ例外だ。私は四輪販売をトヨタで、二輪販売はハーレーダビッドソンで体験した。体験はいずれも約20年に及ぶ。四輪販売と二輪販売では、連想される以上にビジネスモデルが相違している。

誤解を恐れずに言えば、四輪販売は「モノ売りが中心+修理サービス」の提供である。

だが、二輪販売では「楽しみのライフスタイル」の提供が必須である。二輪販売では、販売店と顧客との関係も親密で、「サービスレジャー産業的」な要素が強くなる。そのために四輪販売店とは異なり、二輪販売店として持つべき機能も異なってくる。

二輪販売では、販売後の手間と暇がかかる側面こそがビジネスの糧となる。顧客を楽しませることが、主要な業務の一つになる。このように、双方のビジネススケールには格段の差がある。この点から四輪販売店が二輪販売に乗りだす可能性は高くない。

さて、四輪車と二輪車を問わず、車の販売店はメーカーが公認する正規販売店(販売協力店を含む)と、メーカーとの正式な関係性はない独立系の販売店が存在する。正規販売網以外の四輪車の新車販売店は、実はそれほど多くない。よほどしっかり並行輸入ルートでも確立しない限り、継続的な新車仕入れが実際上はかなり難しいからだ。市場規模が大きい中古車中心の販売店では、むしろ独立系販売店が多くなり、大きな規模に成長している店も少なくない。

しかし、彼らには正式にビジネス上で使用できるメーカーブランドがない。いくら規模が大きくなっても独立系販売店には、メーカーからの正式な商品・販売情報・サービス情報は入ってこないし、正規の各種トレーニングも受けづらい。メーカーのマーケティング政策にも馴染んでいない。

だから、常にどこかで正規の販売権を獲得できないかと考えることも多いようだ。

そこで、ブランド価値が高い外車メーカーに注目することになる。当然ながら、いくら努力をしても、正式ルートとしての新車調達はできない。正規の販売店でないと遺憾ながら社会的評価には限界があるし、いくら企業規模が大きくなっても、安定・継続した商品の調達には常に大きな努力が必要であり、不安定だ。

だが、四輪車でこれから正規販売権を取得できる可能性は多くはない。全体の販売台数も減少的であり、それに伴い販売店数は減少している。

そこで、二輪車の正規販売権でも取得したいと考えたのが最近のケースだろう。四輪車の正規販売店には、県単位の責任販売地域が与えられる大テリトリー制が一般的であるために、正規販売店数がもともと少ない。最近では正規販売店に何か問題が出た場合でも、表面化する前にメーカーが直接投資してしまい、販売権が売りに出されることはほとんどない。大手四輪車メーカーの販売権を入手することは、まずもって難しい。

一方、二輪販売店は各種の状況から、同一都道府県内に複数の販売店が登録される小テリトリー制であることが多い。

近年のケースでは、メーカー対応の遅れもあった。結果的に二輪車ながら高いブランド価値を持つ外車の正規販売店に目をつけたようだ。たまたまハーレーの販売店で、後継者問題などから閉店に追い込まれたところが出現したが、これに触手を伸ばした中古車中心の四輪販売店が現れた。

四輪販売店が企業化されているのに比べて、二輪販売店は生業(なりわい)的・家業的でもある。二輪車の販売店は、企業登録をするにあたっても、株式会社としてよりも、有限会社として行っていることの方が多い。

かつて、私が率いていたハーレーの法人では、ビジネスを「生業・家業から企業へ変革」することを目指して、全ハーレーの販売店を株式会社組織へ変革してもらったこともあるほどだ。この結果、オートバイ販売チャネルとして、唯一全店が株式会社組織からなるチャネルを構成した。

外車二輪ビジネスを傘下に納めた四輪の中古車販売店が、二輪車販売にあたり、母体企業のビジネスモデルを超えて、サービスレジャー産業型の販売店舗にビジネスモデルを変更できるかどうか。

一方、二輪車メーカーは規模が比較的小さい卸元として、自らの企業規模を上回る新規参入の四輪販売店に対して、ブランドマーケティングを展開して、これらの販売店をリードしていける機能が存在するのかなど、懸念も多いので今後を注視していきたい。

プロフィール

奥井俊史氏 (おくい・としふみ)

1942年大阪府生まれ。65年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。75年より東南アジア市場の営業担当し、80年トヨタ北京事務所の初代所長に就任。83年より中近東市場で営業担当。90年にハーレーダビッドソンジャパン入社、91年に同社社長に就任し、19年間に数々の施策を展開し日本での大型二輪市場でトップブランドに育て上げた。09年より現職。