一字千金

2019-05-17

Vol.31「販促活動から実販へ」 一体化・実態的連動ない「キャンペーン」成果ない

奥井俊史/アンクル・アウルコンサルティング代表

昨今、キャンペーンやプロモーションなどの販促活動が、実販につながっていないのではないかとの見方も多い。そこで「確実に実販につなげていくには、どうすればよいか」について、経験談を書いてみたい。

まずは販促活動の目的と目標を明確にして、企画者たるメーカーの意図を実販の当事者である販売店に対して、わかり易く、かつ販売店にとっての具体的なメリットをも共感してもらえる内容にして、伝えていくことが大切だ。

ここでは一例として、HDJの全ディーラーで現在でも同様に行なわれている免許取得費用を支援するキャンペーン(当時、例年6~8月に「パスポートトウフリーダム」と題して実施していた)を取り上げてみたい。

米HDでは毎年6月末から7月上旬までの間、米国市場(HD生産の70%以上を消化する)向けの新年式のモデルの発表会を行う。米国では車両年式の切り替え時期が明確で、この時期が法的にも予定されている。本社からの出荷や輸送期間などを考慮すると、日本では9月が新年式モデルの発売開始時期になる。そこで日本では6月以降、当年度モデルとしてモデル末期にかかる商品の、HDJおよび販売店の在庫一掃を目的に既述のキャンペーンを展開していた。

その必要性はHDJ、在庫を抱える販売店にとっても明白である。モデル年式切り替えのタイミングは、少なくともHD購入(予定)者には先刻理解されていた。そこで、この時期の新車購入予定者にもわかりやすいように、年式切り替えに伴い市場価格落ち分に相当する金額を、公平に値引きすることをキャンペーンの目的として明確に打ち出して(実際にはこの金額プラス販売店の値引きがある)、顧客に9月になれば新年式車が発売になることを了解してもらった上で、その分をあらかじめ値引き販売することを打ち出したのである。

HDJでは、値引きには保守的な考え方を強く打ち出していたが、そのことが却ってキャンペーンを一層際立させたようだ。

HDJ在庫や販売店在庫の生産日、HDJへの入庫日、販売店への出荷日・詳細型式・カラー・仕様まで、明確に把握していたので、キャンペーンの対象とすべき車両、目標台数もはっきりしていた。

ユーザーは期間中に新しく大型免許を取得して、新車を購入して頂いた人で、対象者には10万円を免許取得費用として還元・贈呈することにした。

同時に、購入者が卒業した自動車学校にも1万円の祝い金を出した。このことで自動車教習所と、HDJおよび販売店との関係性を深めることができ、教習所にHD車を展示、HDに対するシンパシーを感じて卒業生にHD車の紹介してもらえ、教習所と販売店の関係性を深化させることもできた。

こうしたHDJの狙いは具体的な行動を通じて、販売店にも理解され、販売店自身がキャンペーンにも自らも参加しているという当事者意識も高まり、結果としてのHD車の実販とキャンペーンの関係性が意識された。

この例のようにキャンペーンの目的が明確にされ、具体的に販売店が取るべき行動が予知され、その行動がキャンペーン内容として織り込まれると、販売店の参画意識は自ずと高まり、当然ながら実販を意識する結果にもつながる。

このようなステップがないと、販売店は期間中に売ったHD車であるとしても、そのうちの何台がキャンペーンの対象車であったかとの認識すらもされていないことが多い。

6~8月は一般的にもビジネスも低調期であり、そのうえHDファミリーにとっては、当年式モデルのメーカー在庫・流通在庫を消化する必要の差し迫る時期にあたる。キャンペーンの必要性が販売店にとっても体感できる時期であるだけに、このような時期にありがちな値引きの発生を抑制しながら、顧客に対して公平に、一定額の値引きを訴求するこのキャンペーンは明確な効果がでた。

2005~08年では、キャンペーンの目標台数は1500台とし、確実にこの台数は達成していた。

このようにキャンペーン内容の明確さ、対象台数の明確さ、顧客に対する訴求方法の明確さ、タイミングの適切さ、販売店サイドでのメーカーの拡販策への期待の存在、CRMに連動したキャンペーンの顧客への具体的なアプローチ作戦の展開策など、一体化して具体的な実販を実現する内容になった時、拡販活動は実販につながる効果を発揮する。

逆に、実態的な連動のないキャンペーンは期待する成果を生まないことが多い。概して、プロの宣伝会社に全面依存して行われるキャンペーンの場合には、遺憾ながら経験上、そのようなケースの方が多いように思う。

プロフィール

奥井俊史氏 (おくい・としふみ)

1942年大阪府生まれ。65年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。75年より東南アジア市場の営業担当し、80年トヨタ北京事務所の初代所長に就任。83年より中近東市場で営業担当。90年にハーレーダビッドソンジャパン入社、91年に同社社長に就任し、19年間に数々の施策を展開し日本での大型二輪市場でトップブランドに育て上げた。09年より現職。