一字千金

2019-07-05

Vol.32「楽しさ提案し需要回復へ」

奥井俊史/アンクル・アウルコンサルティング代表

日本自動車工業会(自工会)二輪車特別委員会では、「二輪車の国内実販台数を2020年で100万台に増販すること」を目標として掲げ、取り組んできている。

「楽しさを提案できれば、若い層も二輪の世界に入ってくる」と考え、また「二輪と四輪の融合を実行できれば、この目標は達成可能だ」としていた。努力はされてきたものの、この目標台数を達成するための分かりやすい具体策は示されていない。

18年の国内の新車需要台数でも、前年に比べ3.8%減少し、36万9000台に終わった。遺憾ながら、来年に100万台の目標台数を達成することはほぼ絶望的になった。

理由はいくつも挙げられている。三ない運動の影響、駐輪場の不足、高額な高速道路料金、ヘルメット着用の必要性、二輪車価格の値上がり、競合する自転車の販売増加、バイクにおける「シェア保有」の増加などが挙げられる。

駄目出し理由は数多いものの、これらの多くは初めから予見されて当然のものである。

一方、積極的な目標実現のための具体策は明確にはされていない。楽しみの提供や二輪と四輪の融合については、掛け声倒れの感が強い。四輪車と比べた場合、二輪車には幾つかのデメリットもあるが、何よりも日本の二輪車市場では、長らくメーカー(製)と販売(販)の相互間で需要の創出活動における責任分担が明確になっていなかった。だからといって「製」から「販」にマーケティングが丸投げされているわけではない。

日本では、限られた数のメーカー直資の販売店は関連メーカーのブランド製品単独の専売店となっているが、その他の絶対多数の販売店では複数のメーカー製品の併売状態となっている。

併売ゆえ、それらの絶対多数の販売店に対しては、「製」各社のマーケティングは積極的には導入せず、小売業務は丸投げ状態で放置して販売店に任せてきた。直資系列店以外の販売店の販売力の強化にはあまり注力してこなかった。

多くの場合、「製」と「販」の間では、具体的な「製」各社の独自なマーケティング展開についてのコミュニケーションも少ない。

販売店側にしても、販売活動に伴う格別の干渉や負担を嫌い、自分のやりたいようにやれるこの状態に安易に流れていった。メーカーの支援を合理的に求めるのでもなく、貧弱にも思える実践活動を深めるでもなかったようだ。

両者の関係性はあたかも「丸投げ」がごとくのそれであった。「販」にはマーケティングは「製」に一任して当然と考えていた感もある。販売権の入手・拡大なども比較的に容易なことから、「製」のマーケティングの導入の意義を重視せず、店独自のやり方に安住して、「製」の意向も汲んで長期的観点から経営規模の拡大を追求する店も少数。家業から企業への転換を図っていく「販」のケースも多くはなかった。

そんなこともあり、「製」と「販」との関係性は多様化もせず、深化もしなかったといえる。商品を引き渡した後は、「販」に丸投げ状態だが、相互の意思を確認することなくなされ、この一任は拡販効果を期待できるものではなかった。

かつて、ハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)ではこのような状態に意識的に一石を投じた。丸投げは否定して、販売店の在り方について、基本的な考え方から、具体的なマーケティングの展開まで、「出しゃばり」といわれるぐらいまで、明確に打ち出した。店づくりからマーケティング・プラン、展開まで、「楽しさの提供」をテーマに、具体的に関与し、マニュアル化もして、合意した内容の活動を販売店に実践してもらうように求めた。

当初は販売店側の抵抗感もあったが、結果的に後継者が自店に回帰してくるなどの好循環が実現できた。ほぼ傘下の全販売店で間違いなくビジネス的な拡大を実現し、増益を実現できたし、店舗も改装された。

顧客にも、販売店にも「楽しさ」を感じてもらえたのである。

HDJ立ち上がり時の1990年には販売店数はわずか19店しかなかった。しかし、2005年頃には130社ほどの販売店数に増え、しかも、その各々が企業規模を飛躍的に拡大させることができた。08年には平均従業員数14名強、年間平均販売高5億5000万円超の業界では破格の平均規模の販売店からなる集団となることができた。

この拡大した集団は、さらに積極的にHDバイクに対する需要創出活動にも取り組んだ。各地で色々な目的に対応する異なったイベントを開催した。大小合わせればイベントの年間開催数は1000回以上になった。

イベントでは意識的に顧客に楽しみを提供し、顧客情報を収集し、HDJで構築した販売店と共有する顧客管理システム(CRM)を運営して「HDJ+販売店」が連動するマーケティング活動を通じて、より有効に成果につなげ、活動の効率化を実現した。

結果的に、前向きの「活動の連動化」を実現して、販売活動の製販融合を実現した。「製」と「販」の融合による楽しみの提供は、オートバイの需要拡大のキーワードなのだ。

プロフィール

奥井俊史氏 (おくい・としふみ)

1942年大阪府生まれ。65年トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。75年より東南アジア市場の営業担当し、80年トヨタ北京事務所の初代所長に就任。83年より中近東市場で営業担当。90年にハーレーダビッドソンジャパン入社、91年に同社社長に就任し、19年間に数々の施策を展開し日本での大型二輪市場でトップブランドに育て上げた。09年より現職。