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2019-08-23

Vol.9 会社を他人へ譲った私の体験談① 代表交代の意味 真剣に考えてみる

私は、これまで17年にわたって経営コンサルタントとして活動してきたが、どうしても〝引退する側の心情〟を伝えたくて、4回に分けて私自身の事業承継のことを書いてみた。少しでも皆様のお役に立つことができれば幸いなのだが。

私は、自分が66歳になった2018年2月末日に代表取締役を辞任した。同時に持ち株のほとんどを売却し、筆頭株主の地位も後継者に譲った。

代表辞任後の私の勤務条件はほぼ変わらず、身分は常勤の取締役会長。退職金は72歳まで受け取らないので、あと6年間はフルタイムで働くことが可能だ。

手放したものは何か。大株主の地位(=会社の所有権・経営支配権)と、代表取締役の肩書(=経営責任と社会的称賛から得るもの)だろうか。逆に得るものは、大幅に増加する自由時間と、経営責任からの解放感だろう。

そもそも、66歳にこだわる理由は何か?健康で意欲があるうちに自由がほしいから?仕事の重圧から解放されたいから?

私は、若い頃から「アメリカの旧国道ルート66をハーレーで走りたい」という夢があった。それを実現するためには、シカゴから西海岸サンタモニカまで4200km、21日間を連続で走り通せる体力と気力が不可欠だ。

この夢の実現を考えたとき「今日が人生で一番若い」という事実に気が付いた。いつ出発するかと逡巡するうちに、還暦で亡くなる友人を見送って、ルート66にかけたわけではないが、66歳というチャンスを逃すまいと強く思うようになった。

だが、夢を現実に引き戻すためには、大きな4つのハードルがあった。

①経営トップが1カ月間不在②旅の資金の準備③走り続けられる健康の維持④留守を守る家族の合意――。

還暦で夢の実現を決意した私は、次のような計画を立て、ひそかに実践してきた。①後継者に対する教育の強化②内緒で毎月2万円の預金③片道25kmの自転車通勤④疲れた、辞めたいと日々家でつぶやく――。

還暦60歳でこの計画を思い立ち、6年計画で事前準備を終え、会社の決算書が上がる2月末日を退任日に選んだ。例年、年度末には業務が減る。そこで、後継者に決めていた副社長に胸の内を話した。

当初、副社長は驚き、早すぎると慰留するが、そんなことは織り込み済みで、対策を実行に移す。大きなプロジェクトがなく、人事が安定している今しかない。

引退後も、私は常勤取締役として今まで通りに日常勤務することを条件に、後継者は代表への就任を承諾してくれた。

私は代表取締役の交代をきっかけとして、自分の身の処し方を考えてきた。文字として書き残したことは、①第二の人生の哲学、理念を持つ②実行計画を作る③今までと異なることは何か④今までと同じことは何か。

具体的には、①新代表の行う経営への口出しをしない②後継者を意思決定者として尊重する③他の役員、従業員へのサポート役になる。

こうやって書いてみると実にシンプルだが、その分、実行には相当の努力と我慢が必要だ。引退するための心構えを作り上げるため、一人の時間を増やし、孤独と向き合いながら思慮を深めた。

(続く)

〈筆者紹介〉

内藤博/事業承継センターCEO

1952年横浜生まれ。

27年にわたる二輪車関連出版社勤務を経て、2003年に独立。事業継承の専門家として1000件を超える経営相談、事業承継の実績を持つ。自身がベンチャー企業取締役として、成長発展から縮小リストラまで経験した強みを生かし、単なる承継問題にとどまらず、時には家族会議への参加や親子間の仲介も行う。著書「これから事業承継に取り組むためのABC」他。

紙面掲載日:2019年8月23