1月にサウジアラビアで開催されたダカールラリー2020の二輪車部門で、ホンダのワークスチーム「Monster Energy Hondaチーム」からCRF450RALLYを駆り参戦したリッキー・ブラベック選手が総合優勝を果たした。ホンダとしては2013年の復帰参戦からは8年目、参戦休止前の89年からは31年ぶりの栄冠となった。

“万全の準備”の後に“想定外”

復帰参戦時からチームに所属しているHRCの本田太一マネージャーが2月4日、プレス関係者を招いての「ダカールラリー20202取材会」に出席し、今回の優勝とこれまでの挑戦を振り返った。

今年で42回目を迎えたダカールラリーでホンダは第3回大会から参加。86年にワークスマシンNXR750で初優勝。そこから4連覇を飾るが、90年から参戦を休止。13年からCRF450RALLYで復帰参戦を開始している。

本田氏は96年に入社。モトクロスなどの競技用モデルの開発などを手掛けた。12年あたりからホンダのダカール復帰の話が出てきたそうで、参戦休止中などは全く関わっておらず、13年からダカールラリーに関わり、ホンダの復帰参戦の8年は本田氏の8年でもある。

復帰に際し、市販マシンであったCRF450をモデファイして参戦。参戦当初は「何となく意外とすぐ勝てるのではないか」という思いがあったという。モトクロス参戦の感覚から、車体の性能とライダーのスキルが高ければ勝てるだろうと考えたようであったが、スプリントレースではなく、1日数百キロもの長いレースを2週間も続けるラリーはマシンの耐久性やライダー、運営の面など多くの要素があり「(最初の考えは)甘かったですね。勝つまでにかなり時間がかかってしまった」と本田氏は述べた。

13年の参戦ではマシンに大きな差があることがわかり、14年からは大きく仕様を変えて参戦。19年まで最高位は2位が2回。昨年も終盤までは首位を走ったがトラブルに見舞われた。様々なトラブルが起こり悔しい思いとともに、問題を解決し、万全の準備をして次の年に臨むのだが、毎年想定外の“初めて出る事象”に直面したという。

勝てない年が続く中で本田氏は「参戦から7回負けているわけですが、ホンダにとってレース活動というのは、人を育てる意味でも重要なので、参戦をやめるという話はなかった。結果が出ないなかで、参戦を継続した会社にはありがたいと思っている。チームも勝つために集中してやってこれたと感じている」と話した。

さらに「勝てなかったことが7回続いたわけだが、年1回のレースだけれども1回終わってから、次のダカールまでが異常に短いんです。常に動き回っているという感じで休める感じがなかった。今回、勝てたことで、ちょっと振り返りができるかなという感じ。ダカールは準備をどれだけするかがとても重要で、それがすべてかなとも思います。何となく不安なことってあるんですが、始まるとやはり、トラブルとして出てしまうことがある。何が起こるかわからないラリーですが、準備によって運、不運みたいなものも左右されるのかなと思う。今回はしっかり準備できたことが大きかったです」とこれまでの苦労と初勝利の感想を語った。

復帰から8年間チームで活動した人間は本田氏のほかに1人しかいないといい、本田氏から見てエンジニアのそのメンバーは参戦で大きく変わったそうだ。負けた悔しさから“どうやったら勝てるのか”を考え、彼のアイデアや図面などは大きく変化していき、それを積み重ねて8年目での勝利。「彼の“負け続けてやっと勝った”という経験は、今後どのカテゴリーにいっても、また、違うことをしても活きてくると思います」と本田氏は述べていた。

今回、ホンダのダカール復帰後初勝利となったが、当面の目標は「連覇」。勝利はしたものの、他のホンダライダーのマシンには不具合が出たものもあったわけで、すでにその検証が始まっているという。

本田太一マネージャー

紙面掲載日:2020年2月21日

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