27年にわたる二輪車関連出版社勤務を経て2003年に独立。事業承継の専門家として1000件を超える経営相談、事業承継の実績を持つ筆者が語る「つなぐ」ことへの取り組み。過去の新聞コラム連載を再掲載いたします。(編集部)

なじみの二輪車販売店に顔を出したら、店長のAさんが社長の席に座っていた。社長が急病となり、後を託されたとのこと。そのAさんから相談の電話が鳴った。

夢中になって現場で働いていたが、今月が決算だ。その数字を見て腰を抜かしたという。

社長が倒れたのは業界の懇親会の帰り道。脳溢血で言葉も不自由になったが、一命はとりとめた。経理を担当していた奥さんに懇願されて、Aさんは社長就任を引き受けた。

Aさんは繁忙期を乗り切ることが課題だった。ようやく一息ついたころ、銀行の支店長とメーカーの営業マンがやって来た。年末の資金繰りの話である。担保になっている土地は社長の個人物件だが、建物は会社で所有。社長になるからには借金の返済義務も、メーカーの販売ノルマも背負う覚悟だ。従業員は若手2人。ともに整備士免許はない。Aさんは20年に渡って会社を支えてきた自負があるし、顧客も自分についていると思っている。だからこそ社長になることを決めたのだ。

しかし、現実の数字を前にすると頭が痛くなってきた。一番の重荷は、店舗をコンクリート造りに建て替えた時の借金だ。バブル崩壊前だから金額も大きい。さらに、運転資金の返済もある。メーカーへの保証金や前払い費用も含めると銀行の返済だけで利益が吹っ飛んでいく。そこに社員の給与が乗るのだから、ため息が出てしまう。

こんなに大変な経営の苦労が待っているとは、Aさんは考えてもいなかった。目の前の納車、修理、車検、ユーザー管理で手いっぱいの日々を送ってきたのだから無理もないが。

私は、譲る側の元社長の事情も聴いてみた。

──夫婦で切り盛りした時代は楽しかったが、社員を入れた時から苦労が増えた。メーカーと銀行に背中を押されて店を新築した時は、一国一城の主として天にも昇る気持ちだった。

しかし、その後の二輪車業界を襲った逆風で、心労がたたり社長が倒れてしまった。目先のことは頼りになる店長に全て任せたけど、会社を買って欲しいとまでは言い出せなかった──。

そこで私の提案は、退職金のかわりに建物を個人名義に変えて、ローンを引き継ぐ。会社はAさんにプレゼントするが、引き続きここで営業し、家賃を払ってもらう。Aさんには会社の運転資金の銀行返済と、従業員の雇用維持と、メーカーへの前渡金の調達が必要だ。幸い長期の取引と黒字が出る経営体質を銀行が評価して、新社長のAさんを認めて長期返済に応じてくれた。

販売店と借金と社員を引き継ぎ、家賃を払う。これならゼロから独立した方が良かったのかとAさんは迷った。

そんな迷いに、私は「信用という財産」と「顧客名簿」が手に入って、スタートアップはこちらの方がいい条件ですよと、背中を押した。経営者としては素人でも、バイクの世界では十分なキャリアがある。何よりもお客さんが新社長を頼りにしていますよ!

■教訓

1.譲るのはビジネス。土地建物は不要な場合もある。

2.会社を磨き上げるためにも不測の事態に備えよう。

3.夢と現実は違う。慎重な資金計画と人員確保、銀行の信頼感が必要だ

〈筆者紹介〉

内藤博/事業承継センターCEO

1952年横浜生まれ。27年にわたる二輪車関連出版社勤務を経て2003年に独立。事業承継の専門家として1000件を超える経営相談、事業承継の実績を持つ。自身がベンチャー企業取締役として、成長発展から縮小リストラまで経験した強みを生かし、単なる承継問題にとどまらず、時には家族会議への参加や親子間の仲介も行う。著書「これから事業承継に取り組むためのABC」他

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