シーズンが終わって、その年戦ったマシンに媒体関係者を乗せてくれるのです。タイトルを獲った年は、チャンピオンマシンが出てきます。普通では触ることすらできない憧れのマシン、性能なんて想像しても、現実味がわかない、どんなにお金を積んでも買えない&売ってもらえないマシン、「あぁ、カッコイイ!乗れるもんなら乗ってみたい」。
でも、大概それは「乗れない」という前提があるからでして、それが「乗れる」となると、どうでしょう。
正確には「ワークスマシン試乗会」という名称ではなかったのですが、私はゼッケン46、あのロッシが駆ったRC211Vが「どうぞ」といって、目の前に出てきたことがあります…夢でなく。それもHRCのスタッフさんがフロントカウルを持って支える形で。
「乗ってみたい」は「やっぱ、やめようかな」に変わりましたね。
「夢は夢のままでいいんじゃないか」なんて思いました。
お腹が痛くなるとかのレベルじゃなかったです。「乗りたくても乗れない人のほうが圧倒的に多いんだ」「プライベートチームのライダーに殺されるんじゃないか」「ロッシだって人間、身長だって自分と変わらなかったじゃないか」「おまえは、ただの新橋のサラリーマンだ、止めるのも勇気」……など、いろんな心の葛藤がありながらも、ピットレーンに足が向く私。
マシンに歩み寄り、またがり、シートの硬い感じにビビりながらも、クラッチを握り、慣れない逆チェンジのペダルを掻き揚げ、アクセルを開け、クラッチをつないで自分の操作でチャンピオンマシンが動き出したあの瞬間の感動たるや───。
今もこうして記事を書いているわけですから、無事、生還はしています(身体はもちろん、社会的、金銭的にも)。チャンピオンマシンで鈴鹿をツーリングした世界最初の男になっただけです。
二輪車新聞記者 猪首俊幸