初めてバイクに乗ったのは、「小学校高学年時だったろうか」と振り返る大隅氏。中学生の時には父親と共にエンデューロレースにも出場した。その後も、米国で過ごした高校時代、帰国しての大学時代もバイク漬け。アルバイトはプレスライダー、夏休みには北海道ツーリングを楽しむといった具合だ。そうして卒業年次の夏、BMWジャパンの求人情報に「モーターサイクル」の文字を見つけて門を叩いた。
時は就職氷河期。電機系メーカーの内定を辞退してまで、BMWジャパンの二輪車部門に入社を決めた。友人や仲間からは「そんな斜陽産業に行ってどうするんだ……」と。
「でも、バイクがなくなったら困るのでね。斜陽と言われる状況で、自分に何かできることがあるならやってみようと。そうして今日に至る、という」
そう笑い飛ばす。振り返れば、マーケティング担当として15年、セールスマネジャーとして10年。ダイナミックで楽しい仕事人生を送ってきた。
「1998年当時の国内販売台数が2400台位。『いつか5000台』という目標を数年前に成し遂げることができ、昨年は6000台超え。劇的に飛躍した時期はないものの、チームみんなで頑張って、ゆっくりでも順調に成長してきた。おかげさまで」

7月にはR12G/SおよびR1300RTの国内メディア向け発表会を開催
近年の好況については、R1300GS/アドベンチャーやS1000RR、M1000RR、R12G/S、R1300RTといったニューモデルラッシュがひとつ。そして「どこまで行ってもディーラーさん。そして人」。これこそがBMWモトラッドのセールスを支えていると見る。
「やはり、どうすればお客様が楽しんでくれるかということを一生懸命考え、イベントなど楽しむ場を提供してくれている」
ディーラー各店による日々の営みもそう。そのうえ地域ごとに合同でイベントや走行会を開催するという。首都圏であれば100台や200台規模で賑わうことも少なくない。さらに最近は印象的な出来事も。
「ある地域のディーラーさんたちが合同で、救命講習を受講されたと。我々が促したのではなく、自主的に」
ライダーたちに楽しみの場を提供することは、それだけで労力もコストも要する。ましてや万一のリスクに備え具体的なノウハウを得るという真剣さ。これは顧客に響くことだろう。
「ただ鉄の塊を数百万円で『どうぞ』と売るビジネスではない。このバイクを手に入れれば、あんなことも、こんなこともできるという体験を提供するのが我々の仕事」
であればこそ、それは売る人自ら体験していなければと考える。BMWモトラッドディーラーの人々は、イベントやツーリングにと自ら走り回っては、彼らの商品である車両の乗り味も、ウエアの着心地や機能性も体感している。まさにBMWが半世紀以上に渡り掲げてきた《駆けぬける歓び》を、顧客たちと分かち合っているということだ。
その価値を、大隅氏らチーム一同が改めて痛感する一幕があった。24年の秋、「CE02デリバリーセールス」を実施した時だ。新しい都市型電動モビリティであるCE02に相応しい購入スタイルとして、こう提案した。ウェブサイトからの申し込みと郵送等での書類のやり取りで契約完了。ディーラーを訪れなくとも車両が手に入るというものであったが……。
「結果として、このトライは失敗に終わった。ネット通販に慣れ親しんだ世代とて、お客様はやはりディーラーに行き、話をして買いたいのだと。すごく学びになった」
とはいえ、このように仮説を立て、実行することはビジネスの醍醐味。グローバルの方針でなく、日本で独自にトライできることはBMWモトラッドの強みであるかもしれない。
「チャレンジすることがすごく好きなメーカーだと思う。新しいセグメントに新機種を投入してみたり、革新的な技術を投入してみたり。他社がしないようなことを、恐れずに色々とチャレンジするので」
30年近く勤めてきた大隅氏自身も「免許取得サポートを日本で初めて実施したのではないか」という自負がある。
02年に投入したF650CSスカーバーの販売施策を、マーケティング担当として検討した時のことだ。通常のバイクなら燃料タンクの位置を収納スペースとし、ヘルメットホルダーやオーディオシステムなどの専用オプションパーツを組み込める1台。異形のストリートコミューターであった。「バイク乗りは買わないよな」として、バイクに乗ってない人にどうやって買ってもらうかと思案した。
「ならば免許でしょう、と」
スカーバー購入者を対象に、免許取得費用を一部サポート。宣伝するカードをカフェに置くなどして広めた。
「果たしてそれによりスカーバーが何台売れたかは分かっていない。だが今や、年間販売台数の10%程度を支える施策として定着した。初めてのバイクにBMWを選んでいただけるきっかけになる意味でも大きい。同じディーラーで2台、3台と乗り継ぐことにもつながり得るので」
ライフタイムバリューを鑑みれば、新規顧客1人に対して5万円や10万円といったサポートは非常に効果的な投資だ。その意味で、02年のチャレンジは今なお成果をもたらしている。
チャレンジなくして持続的な成功はない いま新たな購買体験を提案する理由

取材に応じる大隅氏
そして現在、大隅氏らが取り組んでいるのがSTOCK LOCATOR<新車在庫検索>を用いた販売だ。エンドユーザーにとっては快適な購買体験であり、同時にディーラーにとっては負担軽減に寄与する。そんな販売の形だという。
全国64拠点の販売網にBMWのバイクが点在するというのが、従来の在り方。それを現在、集中在庫に切り替えている。各々のディーラーが在庫を抱えるのではなく、エンドユーザーからの求めに応じて最寄りのディーラーへBMWモトラッドが卸すのである。
「お客様は家に居ながらウェブサイトで在庫を確認できる。くつろぎながら『この赤いバイクが欲しい』と、即座に予約もできる」
従来ならば、ディーラーに在庫の有無を問い合わせる。もし在庫がなければBMWモトラッドに問い合わせ、そこにもなければ他のディーラーに問い合わせ……。見つかれば今度は運送の手間暇、コスト等がかかってくる。
「これは多忙なディーラーさんにとって非常に大きな負担。お客様からBMWモトラッドに直接発注できれば、それが軽減できて時間的なロスもなくなる」
顧客の待ち時間がなくなれば、当然ながら機会損失を防ぐ効果も生じる。
「そして最も大きいのは在庫コストの圧縮。ディーラーさんが新車を在庫しないとなれば、当然その在庫コストがなくなる。そのぶん試乗車を用意するなど、よりお客様の楽しみに直結する。つまり時間とコストの両面で、お客様へのサービス提供に集中できることになる」
この新たな販売の形も、ドイツ本社主導ではない。豪州に次いで日本が二例目だという。
「豪州はもう3年目。向こうは国土が広く、お客様と車両のマッチングはより深刻な問題だった。日本では1年かけて準備し、今年から始めたところ。大きな混乱もなく移行できている。また負担軽減に関心を寄せていただき、BMWモトラッドの新規取り扱いを検討されているという話も伺っている」
新たなチャレンジが、新規ディーラーの参入にもつながるとすればより意義深い。そして各店舗の機能が変わるならば、その在り方、店舗設計も変わってくる。
「新しいコンセプトによる新店舗も既に幾つか出来上がっている。ショールームに大きな焚き火のオブジェ(ファイヤープレイス)をあしらったMotorrad越谷(埼玉県)は、お客さまが談笑できる空間に。移転リニューアルしたMotorrad Mitsuoka堺(大阪府)は、2階建ての延床面積1088㎡という国内最大級の規模。こちらにもファイヤープレイスがある」
新たな体験を提供する取り組みは順調に進行中。それにしてもセールス好調である現在、販売の形を大きく変えることに懸念はなかったのだろうか。かなりのエネルギーを要するであろうに。
「同じことを続けていたら、同じ結果しか出ない。であれば違うことに、こう、チャレンジをね」
同じことを続けていて成長が望めるのか。それで顧客に楽しみを提供していけるのか――。仕事人の矜持に触れ、ハッとさせられた。